最長片道切符とは、日本の鉄道における「最も長い経路の片道乗車券」です。
一口に最長片道切符と言っても、流儀に依って幾つかのバリエーションが考えられます。
本記事では、そんな最長片道切符のバリエーションを比較します。
最長片道切符は、「片道乗車券として発券できる」という制約の下での「最も長い経路」の乗車券です。
細かいルールは省略しますが、「片道乗車券として発券できる」とは平たく言えば「同じ駅を2回通過しない」ということです。
(「タイプO」「タイプP」の経路で2回同じ駅を訪れることは可能ですが、2回目に訪れた時点で経路を打ち切らねばなりません)
最長片道切符という遊びは、古くは1961年に東京大学旅行研究会が探索・旅行を実施しており、以来様々な人が挑戦しています。
2000年に SWA(葛西隆也)さんが整数計画問題として解いて以来、現在では組合せ最適化ソルバによる求解が広く行われています。
問題自体についてや先人達の足跡、求解手法についての解説は以下をご参照ください。
最長片道切符の経路は、流儀に依って幾つかのバリエーションが考えられます。
先人達は特定の流儀に立って求解しているケースが多いようですが、本稿では複数の流儀を列挙し、解を比較します。
求解に当たり筆者が作成したプログラム「最長片道切符問題ソルバ」を GitHub にて公開しています。
求解についての詳細はサブページ「最長片道切符問題の定式化」をご覧ください。
最長片道切符の経路を考える上では人に依って意見の割れる点が幾つかあり、それぞれについてどのような立場を取るかに依って「流儀」が分かれます。
本稿で扱う「流儀」を以下に示します。各流儀についての詳細はサブページ「最長片道切符の諸流儀」をご覧ください。
(〔〕内は本稿で便宜上付した名称)
ここに示しただけでも 96 (= 3 × 4 × 2 × 4) 通りの流儀がありますが、細かい差異も含めると更に数は増えるものと思われます。
(ここに示したもの以外に大きな差異を生む相違点がありましたら教えてください)
最長片道切符の経路は、下図に示す通り、相違点1に依り大きく異なります。
営業キロ派や実乗可能粁程派の経路は、竹松を起点、長万部を終点とする「南から北」の経路です。
対して運賃計算キロ派の経路は、稚内を起点、新大村を終点とする「北から南」の経路です。
各経路において経由する路線や駅の詳細はサブページ「最長片道切符の経由一覧表」をご参照ください。
以下、相違点1に依り差異が生じる「北海道と肥前半島」「南関東」「東岡山~相生間」について詳細を記します。
上図の北海道と肥前半島の部分を拡大すると、以下のようになります。
営業キロ派・実乗可能粁程派の最長路は、一見「新大村→早岐→武雄温泉→新大村→諫早→…」とした方が長そうに見えますが、このような経路は認められていません。
これは、「片道乗車券は環状線1周を超えてはならない」という規則があるため、「新大村→早岐→武雄温泉→新大村」まで辿った時点で経路を打ち切らねばならないためです。
起点を新大村駅ではなくその隣の竹松駅とすることで、環状線部分ができるのを回避し、片道乗車券の発売条件が満たされるようにします。
※片道乗車券の発売条件を満たすためには、下図の通り「新大村~竹松間」「新大村~嬉野温泉間」「長万部~二股間」「長万部~静狩間」のいずれかを経路から取り除く必要があります。このうち最も粁程の短い「新大村~竹松間」を取り除くことで最長性を確保します。
北海道と肥前半島の営業キロ・運賃計算キロ・実乗可能粁程を比較すると以下の通りとなります。
流儀 | 営業キロ | 運賃計算キロ | 実乗可能粁程 |
---|---|---|---|
営業キロ派・実乗可能粁程派 | 1483.8 | 1529.7 | 1496.6 |
運賃計算キロ派 | 1464.5 | 1530.0 | 1496.3 |
差 | −19.3 | +0.3 | −0.3 |
流儀 | 営業キロ | 運賃計算キロ | 実乗可能粁程 |
---|---|---|---|
営業キロ派・実乗可能粁程派 | 165.9 | 170.6 | 165.9 |
運賃計算キロ派 | 166.8 | 171.6 | 166.8 |
差 | +0.9 | +1.0 | +0.9 |
上図の南関東の部分を拡大すると、以下のようになります。
南関東は、営業キロ・運賃計算キロを最長とするか、実乗可能粁程を最長とするかに依り結果が変わってきます。
実乗可能粁程最長路は、神田~東京間の分岐駅通過特例や日暮里~東京間の特定分岐区間特例で粁程を稼ぐ経路となっています。
この経路で乗車すると、東京駅を3回通ることになります。
南関東の営業キロ・運賃計算キロ・実乗可能粁程を比較すると以下の通りとなります。
流儀 | 営業キロ | 運賃計算キロ | 実乗可能粁程 |
---|---|---|---|
営業キロ派・運賃計算キロ派 | 1,088.6 | 1,107.0 | 1,103.2 |
実乗可能粁程派 | 1,080.9 | 1,099.3 | 1,109.7 |
差 | −7.7 | −7.7 | +6.5 |
因みに、最長片道切符の諸流儀のページに挙げた列車特定区間の区間外乗車による復乗を避ける経路を採用すると、実乗可能粁程最長路は下図の通りとなります。
田端~池袋間の復乗を回避した代わりに、成田エクスプレスの列車特定区間特例(代々木~錦糸町間)や鶴見~横浜間の特定分岐区間特例で粁程を稼いでいます。
図からははみ出していますが、中央線~身延線~御殿場線の順路も上述の経路とは逆方向になっています。
田端~池袋間の復乗を回避を許容する場合と回避する場合の粁程を比較すると以下の通りとなります。
流儀 | 営業キロ | 運賃計算キロ | 実乗可能粁程 |
---|---|---|---|
田端~池袋間の復乗を許容 | 1,080.9 | 1,099.3 | 1,109.7 |
田端~池袋間の復乗を回避 | 1,061.3 | 1,080.7 | 1,106.1 |
差 | −19.6 | −18.6 | −3.6 |
上図の岡山県周辺の部分を拡大すると、以下のようになります。
東岡山~相生間は、営業キロを最長とするか、運賃計算キロを最長とするかに依り結果が変わってきます。
前者は山陽線経由、後者は赤穂線経由の経路が最長です。
なお、この区間には選択乗車の特例が設定されており、どちらの経路の乗車券であっても、山陽線か赤穂線かを任意に選択して乗車することができます。
実乗可能粁程を最長化する場合、山陽線経由で乗車することになります。
東岡山~相生間の営業キロ・運賃計算キロ・実乗可能粁程を比較すると以下の通りとなります。
券面経路 | 営業キロ | 運賃計算キロ | 実乗可能粁程 |
---|---|---|---|
山陽線経由 | 60.6 | 60.6 | 60.6 (山陽線経由) |
赤穂線経由 | 57.4 | 63.1 | |
差 | −3.2 | +2.5 | - |
相違点2に依り、北東北で私鉄線を通るか否かと、南三陸でBRT線を通るか否かの2箇所で差異が生じます。
北東北は、私鉄線の通過連絡運輸を認めるか否かに依り結果が変わってきます。
私鉄線の通過を認める場合、IGRいわて銀河鉄道線を挟んで花輪線・東北新幹線を経由することで粁程を大きく伸ばすことができます。
その代わり、盛岡駅を2回通ることはできないので、北上~横手間は田沢湖線に代えて北上線を経由する経路となります。
北東北の営業キロ・運賃計算キロ・実乗可能粁程を比較すると以下の通りとなります。
流儀 | 営業キロ | 運賃計算キロ | 実乗可能粁程 |
---|---|---|---|
JR線のみ | 882.2 | 914.2 | 894.8 |
IGR線を含む | 1,124.7 (1,103.4) | 1,165.3 (1,144.0) | 1,124.7 (1,103.4) |
差 | +242.5 (+221.2) | +251.1 (+229.8) | +229.9 (+208.6) |
JR線のみの場合に実乗可能粁程が営業キロより 12.6 km 長いのは、川部~弘前間で分岐駅通過の特例が適用できるためです。
南三陸は、BRT線の通過を認めるか否かに依り結果が変わってきます。
BRT線の通過を認める場合、気仙沼線BRTを経由することで粁程を大きく伸ばすことができます。
更に、仙台~高城町間では仙石東北ラインを利用して北へ迂回することができるようになります。
南三陸の営業キロ・運賃計算キロ・実乗可能粁程を比較すると以下の通りとなります。
流儀 | 営業キロ | 運賃計算キロ | 実乗可能粁程 |
---|---|---|---|
鉄道線のみ | 135.9 | 139.6 | 135.9 |
BRT線を含む | 246.1 (190.8) | 256.5 (201.2) | 266.1 (210.8) |
差 | +110.2 (+54.9) | +122.4 (+61.6) | +130.2 (+74.9) |
BRT線を含む場合に実乗可能粁程が営業キロより 20.0 km 長いのは、松島~塩釜間で特定分岐区間の特例が適用できるためです。
(寧ろ特例を適用を受けずにこの経路で乗車することは不可能です)
相違点4に依り、九州北部で差異が生じます。
九州北部は、山陽新幹線(新下関~博多間)を並行在来線(山陽線・鹿児島線)と同一視するか否かに依り結果が変わってきます。
新在別線派の場合、鹿児島線折尾~吉塚間を通りつつ、桂川・原田を経由し、博多~小倉間を山陽新幹線で“逆走”することができます。
九州の営業キロ・運賃計算キロ・実乗可能粁程を比較すると以下の通りとなります。
流儀 | 営業キロ | 運賃計算キロ | 実乗可能粁程 |
---|---|---|---|
新在同一派 | 972.9 | 987.8 | 988.7 |
新在別線派 | 1026.3 | 1045.3 | 1042.1 |
差 | +53.4 | +57.5 | +53.4 |
以上に示したのはあくまで各流儀の券面経路の差異であり、実乗経路は必ずしもこれとは一致しません。
実乗経路を最長化する場合、以下の箇所が券面経路と実乗経路との間の差異となります。
また、以下の箇所には粁程に影響しない任意性があります。
本稿で挙げた全ての流儀について、経路・粁程・運賃・乗車券の有効日数を下表に纏めます。
相違点3は結果的に経路に影響しなかったので省略します。
(大きな表が表示されます)
# | 流儀 | 経路 | 粁程(合計) | 粁程(JR鉄道線のみ) | 運賃 | 有効 期間 | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
相違点1 | 相違点2 | 相違点4 | 起終点 | 北東北 | 南三陸 | 南関東 | 東岡山 ~相生 | 九州北部 | 営業 | 運賃計算 | 実乗可能 | 営業 | 運賃計算 | 実乗可能 | |||
1 | 営業 キロ派 | JR 鉄道派 | 同一派 | 南から北 (竹松→ 長万部) | 田沢湖線 経由 | 多賀城経由 | 柏経由 | 山陽線 経由 | 同一派 | 10,509.1 | 10,796.6 | 10,726.2 | 10,509.1 | 10,796.6 | 10,726.2 | ¥89,760 | 54日 |
2 | 別線派 | 別線派 | 10,562.5 | 10,854.1 | 10,779.6 | 10,562.5 | 10,854.1 | 10,779.6 | ¥90,310 | 54日 | |||||||
3 | BRT派 | 同一派 | BRT経由 | 同一派 | 10,619.3 | 10,913.5 | 10,856.4 | 10,564.0 | 10,858.2 | 10,801.1 | ¥91,480 | 55日 | |||||
4 | 別線派 | 別線派 | 10,672.7 | 10,971.0 | 10,909.8 | 10,617.4 | 10,915.7 | 10,854.5 | ¥91,810 | 55日 | |||||||
5 | IGR派 | 同一派 | 花輪線 経由 | 多賀城経由 | 同一派 | 10,751.6 | 11,047.7 | 10,956.1 | 10,730.3 | 11,026.4 | 10,934.8 | ¥92,290 | 55日 | ||||
6 | 別線派 | 別線派 | 10,805.0 | 11,105.2 | 11,009.5 | 10,783.7 | 11,083.9 | 10,988.2 | ¥92,840 | 56日 | |||||||
7 | BRT+ IGR派 | 同一派 | BRT経由 | 同一派 | 10,861.8 | 11,164.6 | 11,086.3 | 10,785.2 | 11,088.0 | 11,009.7 | ¥94,010 | 56日 | |||||
8 | 別線派 | 別線派 | 10,915.2 | 11,222.1 | 11,139.7 | 10,838.6 | 11,145.5 | 11,063.1 | ¥94,340 | 56日 | |||||||
9 | 運賃計算 キロ派 | JR 鉄道派 | 同一派 | 北から南 (稚内→ 新大村) | 田沢湖線 経由 | 多賀城経由 | 赤穂線 経由 | 同一派 | 10,487.5 | 10,800.4 | 10,726.8 | 10,487.5 | 10,800.4 | 10,726.8 | ¥90,090 | 54日 | |
10 | 別線派 | 別線派 | 10,540.9 | 10,857.9 | 10,780.2 | 10,540.9 | 10,857.9 | 10,780.2 | ¥90,310 | 54日 | |||||||
11 | BRT派 | 同一派 | BRT経由 | 同一派 | 10,597.7 | 10,917.3 | 10,857.0 | 10,542.4 | 10,862.0 | 10,801.7 | ¥91,480 | 54日 | |||||
12 | 別線派 | 別線派 | 10,651.1 | 10,974.8 | 10,910.4 | 10,595.8 | 10,919.5 | 10,855.1 | ¥91,810 | 55日 | |||||||
13 | IGR派 | 同一派 | 花輪線 経由 | 多賀城経由 | 同一派 | 10,730.0 | 11,051.5 | 10,956.7 | 10,708.7 | 11,030.2 | 10,935.4 | ¥92,290 | 55日 | ||||
14 | 別線派 | 別線派 | 10,783.4 | 11,109.0 | 11,010.1 | 10,762.1 | 11,087.7 | 10,988.8 | ¥92,840 | 55日 | |||||||
15 | BRT+ IGR派 | 同一派 | BRT経由 | 同一派 | 10,840.2 | 11,168.4 | 11,086.9 | 10,763.6 | 11,091.8 | 11,010.3 | ¥94,010 | 56日 | |||||
16 | 別線派 | 別線派 | 10,893.6 | 11,225.9 | 11,140.3 | 10,817.0 | 11,149.3 | 11,063.7 | ¥94,340 | 56日 | |||||||
17 | 実乗可能 粁程派 | JR 鉄道派 | 同一派 | 南から北 (竹松→ 長万部) | 田沢湖線 経由 | 多賀城経由 | 木下経由 | 山陽線 経由 | 同一派 | 10,501.4 | 10,788.9 | 10,732.7 | 10,501.4 | 10,788.9 | 10,732.7 | ¥89,760 | 54日 |
18 | 別線派 | 別線派 | 10,554.8 | 10,846.4 | 10,786.1 | 10,554.8 | 10,846.4 | 10,786.1 | ¥90,310 | 54日 | |||||||
19 | BRT派 | 同一派 | BRT経由 | 同一派 | 10,611.6 | 10,905.8 | 10,862.9 | 10,556.3 | 10,850.5 | 10,807.6 | ¥91,480 | 55日 | |||||
20 | 別線派 | 別線派 | 10,665.0 | 10,963.3 | 10,916.3 | 10,609.7 | 10,908.0 | 10,861.0 | ¥91,810 | 55日 | |||||||
21 | IGR派 | 同一派 | 花輪線 経由 | 多賀城経由 | 同一派 | 10,743.9 | 11,040.0 | 10,962.6 | 10,722.6 | 11,018.7 | 10,941.3 | ¥92,290 | 55日 | ||||
22 | 別線派 | 別線派 | 10,797.3 | 11,097.5 | 11,016.0 | 10,776.0 | 11,076.2 | 10,994.7 | ¥92,620 | 55日 | |||||||
23 | BRT+ IGR派 | 同一派 | BRT経由 | 同一派 | 10,854.1 | 11,156.9 | 11,092.8 | 10,777.5 | 11,080.3 | 11,016.2 | ¥94,010 | 56日 | |||||
24 | 別線派 | 別線派 | 10,907.5 | 11,214.4 | 11,146.2 | 10,830.9 | 11,137.8 | 11,069.6 | ¥94,340 | 56日 |
リニア中央新幹線は、2027年以降に品川~名古屋間の開業が予定されています。
現時点ではリニア中央新幹線の粁程や運賃の計算方法は明らかになっていないため、リニア中央新幹線開業後の最長片道切符の経路がどのようになるかは全くの不明です。
仮にリニア中央新幹線が既存の新幹線と同様の扱いとなるとすると、最長片道切符の経路は大きく変化するものと推測されます。
北海道新幹線は、2030年度に新函館北斗~札幌間の延伸開業が予定されています。
これに伴い、並行在来線である函館線の長万部~小樽間は廃止となる予定です。
北海道新幹線札幌延伸後の北海道の経路は下図のようになります。
札幌~長万部間の粁程が短くなるので、長万部駅が経路の端点となることは無くなり、いずれの流儀においても稚内駅が端点(起点)となります。
本稿で紹介している最長片道切符の経路は筆者の独自の計算により導出したものです。
入力値や計算の誤り、規則の解釈の相違等により、真の最長路と異なっている可能性があります。
もし誤りがありましたら当サイト掲示板にてご指摘頂けると幸いです。
また、本稿の経路はあくまで理論上考えられる経路であり、実際に発券可能であることを保証するものではありません。
JR各社間や発券担当者間の解釈の相違や解釈の変更等により、実際には発券されない可能性もあります。
発券できた/できなかったといった情報があればお寄せ頂けると幸いです。
なお、本稿の内容に因り生じた如何なる損害に対しても、筆者は一切の責任を負いかねます。ご了承ください。